弐代目 アルファ156 アルファロメオのメンテナンスなどなど弐代目Alfa156は、つちのこが作成しています
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2002 WorldCup W杯の醍醐味 (6/14)
6/14、金曜日。
ベルギー×ロシア。
静岡、15:30キックオフ。

9時ごろ起床。
そそくさと支度をして、一路掛川まで。静岡はそんなに遠くないのかと勝手に思っていたが、かなり遠いようだ。約2時間かけて掛川まで到着。

早めに到着したこともあり、掛川駅周辺で弁当を調達する。が、全然売ってない。どういうことだ、商売っ気の無い街だな。しかたなくコンビニに向かう・・・が品薄で大した物が売ってない。困った。
結局サンドイッチで我慢する。

その後、あらかじめ指定された公園の駐車場まで行き、壱台目156を停めて連絡バスに乗り換える。約20分の乗車、結構遠い。道路はつい最近山を切り開いて作ったような感じである。

到着後、歩く。そこそこ距離があるが、新横浜駅から横国までよりは近い。
日本戦ではいるんだかいないんだかさっぱりだった、ベルギーの人もロシアの人もちゃんと一緒に歩いていた。よかった。
あたしゃこのために来てるんだから。

事前にこの試合のチケットが送られて来たとき、一人でほくそ笑んでいた。チケットには「1階・A列」と記載されていた。

Aである。アルファベットの最初の文字。すごい予感がするが、素直に信じられず「実は1〜9の次にAなんじゃないか」とかいろいろ考えてしまう。

で、実際に席についた。
最前列である。びっくり仰天。4人全員とも驚愕する。これまでにもいろいろ試合を観てきたが、1階最前列なんてのは始めてだ。
4日間電話をかけ続けたのが、ここにきて報われたか。

目の前でプレスの一団がカメラの用意をしている。新鮮な光景。フィルム担当のボランティア、という役割が存在するのを始めて知った。

キックオフ直前。
果たして、ベルギー側にはベルギーの人達が集まり、ロシア側にはロシアの人と、キャンプ地の清水の方々が陣取っている。

ここは日本だが、両者ともUEFA圏内の国であり試合となれば真剣勝負になるだろう。勝者が自動的に勝ち抜けとなることもあり、気合いが入っている。
これだ、この雰囲気を求めていたんだ。日常の日本では観られない、真剣勝負の場と真剣に応援するサポーター達。テレビの向こうにあった雰囲気が、今この場所で始まろうとしている。

試合は予想通り、真剣そのものであった。目の前でウィルモッツが、ムペンザが、ベルヘイエンが、ロシアDFとがつんがつんぶつかり合っている。ぶつかる音が直接聞こえてくる。

ベルギーの応援は、あまり接したことがないせいか新鮮に見える。対して、ロシアの応援は世界中どこへ行っても同じだった。
「ロ・シ・ア!ロ・シ・ア!」
何のひねりもない。ひたすらこれの繰り返しである。しかし、これで十分なのであろう、古めかしい戦術ながら愚直に攻め続ける。
画して前半は同点のまま終了した。

後半、何の前触れもなく会場がざわめきだす。伝言ゲームのようにそれは伝わってきた。
「日本、先制したぞ!」

そう、大阪で行われていたチュニジア×日本戦の途中経過である。ポータブルTVを持ち込んでそちらを観ていた人がいたらしい。お前、何しにここに来てるんじゃい!。
その謎のざわめきは、日本が2点目を追加してもう一回発生した。

後半37分、ベルギーが3点目を追加し、3-1とする。残り10分弱、ロシア絶対絶命。
そしてベルギー側のスタンドでは、喜びの「電車ごっこ」が始まっていた。50人くらいの列で前の人の肩に両手を乗せ、一列になってスタンド中を練り歩く。お祭り騒ぎである。
元祖「レッドデビル」であるベルギー、悪魔おじさんもいる。

日本の中で、ベルギーがどんなサッカーをしたか、覚えている人は何人いるだろうか。ロシアについても同様だ。
日本で日本の試合を観るのも十二分に貴重なことだが、海外の強豪国同士の真剣勝負を観ることの方が貴重ではなかったのか、と感じる。

終了間際、ロシアが2点目を追加して俄然盛り上がるが、残念ながらこのまま試合終了。ロシアも死力を尽くし、ベルギーも真剣に戦った。この大会5指に入る名勝負だった。

試合終了。スタンドのサポーターと共に万歳を繰り返す。長い時間をかけてスタジアムを一周し、名勝負はここに幕を閉じた。

この試合は、本当に日本戦の裏で良かったのか。どれだけの日本人がこの試合のことを覚えているのか、改めて考えると非常に勿体なく思うが、まあ組み合わせのアヤである。少なくとも私たち4人は大いに楽しめた。この試合のチケットを入手して、本当に良かった。

会場を後にし、連絡バスで駐車場まで戻り、駐車場の混雑を抜け出して東名に乗り、一路横浜へ戻る。
途中、妙に厳重に警備されたバスと、警備している覆面パトカーの一団に出会う。2車線の東名の片側を占領しているが、もう片方から追い抜こうとすると覆面パトがそちらへ車線変更し、バスの横へ行かせないよう警備している。
抜けないものを抜こうとしてもしょうがない、ということで覆面パトの後ろに付き、先導してもらった。滅茶苦茶楽である。さすが先導のプロである。
その一団は、清水ICで降りて行った。そう、敗退したロシア選手の乗ったバスを警備していたのである。ICを降りる直前に横へ並ぶことができたが、窓から見える選手達は一様に暗い顔をしていた。

試合の余韻にひたりながら、一路東へ。
厚木付近の渋滞のため、楽しみにしていたポルトガル×韓国の試合が始まる時間となってしまった。やむなく、ラジオを付ける。

そして、ポルトガルは全く予想しなかった状況に追い込まれていった・・・

振り返って考えると、この瞬間を境として今回のワールドカップは「前半」と「後半」に別れてしまったように思う。
夢の舞台を想像していたワールドカップ、日本の勝利もあって予選グループの時は正に夢の舞台だった。

しかし、このポルトガル×韓国戦から、ワールドカップの裏の部分が表に出てきてしまった。楽しかった日々は終わりを告げ、憤慨し焦燥する日々が始まった。

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